今回は、川北義則さんの人生本である「人生はすべて逆を行け」をとり上げてみます。

けっこう前になりますが、この本を本屋さんで手に取ったとき、「それも逆をいくか!」けっこうへそ曲がりじゃない、とその言葉ムリだわ。 それも、逆を行くって言っても「すべてかよ」と、半ば疑いながら一応、目次に目を通しました。 逆といいながら、短いフレーズの中に少し共感も覚えました。 読み進めるうちに、気が付いたら「うなずく」自分がいました。

人生にとって大事な逆発想の言葉

ロジカルシンキングという観点からもう一度、この「逆発想」をおさらいしたいと思います。

まず最初は、

 1.落ち込んだ時ほど、陽気に振る舞え

まず、落ち込むということは、何か失敗をしたか、思い通りに行かなかったことがあったときです。 かなりネガティブな感情ですよね。 そんなときに普通は、陽気に振る舞うなんて、とんでもない、構わないでくれ、と叫びたくなるものです。 暫くたったら気分も回復するなり、落ち着くから大丈夫だと、言い放つでしょう。 その状態は、自分一人で受け止め、自分の中だけで解決しようとしています。

川北さんがいうように、陽気に振る舞うとしたら、自分の感情を押さえ、周りの状況を悪化させないよう心を迎合させてしまうように思えます。 かえって辛くないでしょうか。 そうすることのメリットは何でしょうか。

さきほど触れましたが、気持ちの回復には時間がかかると、そうか、「時間」という軸を忘れていました。

「陽気に振る舞う」ことで回復への時間短縮になるのですね。 勤めて努力する時間は、自分だけの処理する時間よりも圧倒的に短いと考えられます。 ましてや陽気に振る舞うことで、いっきに気持ちが反転して、悩んでいた自分が馬鹿に思えてくるかもしれません。

いづれにせよ、何もせず自然に任せておくよりも、暗い顔より陽気に振る舞うというアクションを起こした方が他人からも疎ましがられず賢明だと思いませんか

 2.諦めたくなった時こそ、諦めるな

諦めたくなったときには、すっぱり諦めた方がいいのではないですか。 潔さそうです。 諦める、これも感情はネガティブな状態です。 前述の教訓と同じで、諦めず、もう一度ポジティブにトライすることが必要なのではないでしょうか。

これは、成功の確率論からすると、途中で諦めるということは、常にゼロの状態に戻るということです。 しかし、諦めないということでしたら、少なくともゼロにはなっていません。 気持ちの上では、50%以上の確率で成功すると思っています。 ということは、その時点であと一歩だということです。 じゃあ、諦めずに頑張った方がいいですよね。

諦めるくらいだったら、最初の段階で取捨選択することです。

 3.大人になってからの勉強を怠るな

これは、至極当たり前です。 子供の頃の方が勉強してたな、という人は、社会に入ってからはとても残念な人です。 何故かって? 大人になると、自由に使えるお金も増えますし、社会でいろいろな経験や刺激が学生の時よりも大変多くなります。

刺激が多いということは、勉強したくなりますし、勉強しないとどう対処していいか分からなくなります。 自分自身もつまらないですよね。 ここで言う勉強は、問題を解くような学校の勉強ではありません。 社会勉強、人としての勉強、大人の教養としての勉強も含まれます。

さらに、あえて申しましょう。 問題解決のための勉強、大人ですから責任も伴うことも多くなり、人生には様々な試練というものが訪れてきます。 だから、勉強は多岐にわたります。

知ることを楽しめばいいのですね。

 4. 「無駄を省く」は何の利益にもならない

この言葉だけ聞いても、「え?いったいなぜ?」と思うでしょう。 無駄を省くことは良いことだと誰しもが思っていますよね。 無駄を省けば、余計な苦労も無いし、時間も省け、効率化するじゃないですか、とね。

しかし、人生において無駄ってあるのでしょうか、という問いかけだと思うんです。 人は、いろいろな経験をして初めて気づくこともありますし、遠回りだと思ってもその経験があったからこそ今の自分がいます。 ということは、人生における経験には、マイナスはないということになります。

つまり、ゼロベースの発想ですね。 川北さんは、無駄と省くというのは「やせた発想」だと言います。

これは、「倹約」と「節約」の違いと同じだと思います。 節約には、必要なものも削る、というイメージがあります。 一方、倹約は、必要と思うことには投資するが、必要ないものにはお金をかけない、というイメージなんですね。 別のイメージですと、「節約」は「ケチ」、「倹約」は「質素」「大胆」となりますか。 無駄を恐れず、挑戦することが大事なのですね。

 5.後悔してもいいことなど何もない

川北さんは、「悔やむ」と「悔いる」は違うと言っています。 愚痴を言って後悔するのは、「悔やむです。 振り返って反省することは「悔いるです。

同じ「悔」の字を使いますが、メンタル的には全然ことなった状態をさします。 「反省会」はあっても「後悔会」はないと、面白いこともおっしゃっています。 確かに後悔会は聞いたことはありません。

しかし、多くの人がそのどちらも同じようなことだと考えています。 ポジティブ志向でのロジカルシンキングを考えてみてください。

「悔やむ」からは表向きの同情は集まっても、励まされるだけで何の解決策も出てきません。 一方、「悔いる」人は、何処が悪かったのか、何処でつまづいたのか、誰の助けを請えばよかったのかなど、次のアクションの際に、自分自身への教訓を残すことになります。 教訓ですからポジティブに攻める姿勢がそこにはあります

さきほどの「悔やむ」方は、教訓ではなく後悔ですから、そのことに対してマイナスのイメージを残すことになり、ネガティブ思考の蓄積となってしまいます。

そうですね。 後悔は決してせず、反省は大いにしましょう

~ まとめ ~

ロジカルにものを考えるとき、さも論理的に組み立てることだけが優先されると思いませんか。 論理的には正しいとする事柄でも人は、感情によってコントロールされていますから、受け取り方で物事は違う方向へ進んでいくことがあります。 今回挙げた5つの言葉は、ロジカルシンキングをするにおいて、感情という面を併せ持った展開の示唆になると思います。

  1. 落ち込んだ時ほど、陽気に振る舞え
  2. 諦めたくなった時こそ、諦めるな
  3. 大人になってからの勉強を怠るな
  4. 「無駄を省く」は何の利益にもならない
  5. 後悔してもいいことなど何もない

参考にしてみてはいかがでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。