普通の買い物をするとき「マケてちょうだい!」と平気で交渉するのは今では関西人くらいでしょう。

しかし、値段が張る家や車を買ったりするときは、みなさんどのくらい値引きしてもらえるか、とても関心があります。

今はネットがありますから、他人の値引き交渉を参考にしたり、他社や他店との相見積もりで乗り切ろうとします。

少しでも安く買えるならそれに越したことはないし、3000万の新築住宅が1%安く買えただけで30万円ですから満足度は違いますよね。 交渉下手な人が1%値引きで、交渉上手な人が3%の値引きを勝ち得ただけで、その差は60万円です。

以前の満足感が、それを知った瞬間になにか「やられた~!」と敗北感へ変わる瞬間かもしれませんね。

前回は、お金を使うとき、「買ってもいいな」と思う瞬間はどんなとき? という題で、その価値を何と比べるか(リファレンスポイント、参照点)で「買うかどうか」の評価が大きく変わるということを書きました。

前回の記事 ⇒ 何と比べるか?これで価格の評価が大きく変わる!【リファレンスポイント】

次に紹介したいのが、マーケティングの世界で「アンカーリング効果」というものです。

アンカーリング効果とは

アンカーリング? アンカーですから船の「錨(いかり)」のことです。 「船が錨を下すと、そこから動けなくなる」という意味なのです。

人は、最初に強い情報を打ち込まれると、それを基準にして思考してしまう傾向があるというのです。 この最初の情報、これがアンカーとして頭に意識させられたスタートというわけです。

これは、身の回りによくある話なのですが、なかなか気づかないんですね。

それでは、アンカーリング効果がわかる例を挙げてみます。

|同じ商品の値段がお店でこうも違う(旅行編)

☑ しかりした店構えのランプ店

例えば、あなたがトルコ旅行へ行ってトルコランプを買いたいとしましょう。

最初の店で、「このランプ、いくらですか?」と聞くと、

愛想のいい主人は「1000TL(トルコリラ)だよ」と返してきました。

現在のレートが38円として、日本円で3万8千円くらいです。

事前勉強からもちょっと高いな、500TL位じゃないのと思い、

「Do you offer a discount by any chance?」「ディスカウント!ディスカウント!」と叫びますと、

その主人、「OK、OK! 800TLでどうだ?」とまだまだ20%引きです。

「いや~、ダメダメ」とお店を立ち去ろうとすると、

「わかったよ。600TLにしてあげる。 It’s my final price.」と言ってきました。

おお、我がペースになってきたぞと気を良くしたわたしは、

「日本では500TL以下で買えるからもっとマケてちょうだい」と言うと、

その主人、「そんなことはない、周りの商品見てよ。トルコではこれ以下では売ってないよ」と結構抵抗。

そこですかさず、

「もっと安くしてくれたら、明日友達にも紹介するから」と畳みかけました。

すると、主人ニッコリして、

「わかった。わかった。400TLにしとくから必ず買うか? really final price.」

結局60%引きで買うことができました。

そこから60%も引かせたあなたは大満足なんですね。

☑ 通りにあった小さな露天商

満足しながら観光をしていると、露店に見覚えのあるランプが。 とてもよく似ているんです。

気になり、「How much is this?」と聞くと、

その露天商は、400TLだと言うのです。

「え! さっき買った値段と同じじゃん!」と驚きを隠せず、ドキドキしながら丁寧ぎみに聞いたのです。

「Could you give me a discount?」(まけてくれませんか?)

すると、

「OK! 350TLでどうか?」だと。

「え! 350」と驚いた私を見て、何を勘違いしたかその主人、

「しょうがないな。これ以上は安くならないよ。 300TLで持っていけ!」だと。

おいおいそうきたか、我を取り戻し、もう一声ということで、

結果的には200TLでそのランプを買うことになりました。

同じようなモノが、最初の店で買ったランプの半額で手に入ったのです。

誰が一番儲かったのか?

これこそ、最初のスタートが1000TLですから、その値段がアンカーとなっています。

ちなみにこのトルコランプの原価が、100TLだとすると、

最初の店の店主は、400TL-100TL=300TLを儲け、

露天商は200TL-100TL=100TLを儲けたことになります。

原価100TLのランプが安物とは言いませんが、

ちゃんとした店構えのトルコランプ店では、10倍の値段を付け。

店舗コストのかからない露店では、4倍の値段を付けていたことになります。

結果的には、ランプ店は利益率75%、露店商は利益率50%だったということです。

どちらにせよ、お店側は美味しいですよね。

少し残念なのは購入者である”あなた”かもしれません。

しかし、このアンカーリング効果ということを知っていると話は違ってきますよね。

|売り出し方でこうも違う(国内編)

ビジネスの世界では、このアンカーリング効果を使ったマーケティングが横行しています。

例えば、「決算セール」だの「大蔵ざらえ」だの、2割3割は当たり前、4割5割引きまである始末。

元々の売価設定はまともだったの?ということです。

人は満足度でその価値を計りますから、昔よくあったこんな例も、

☑ 産地直売店とチェーン店の裏表

「お客様、この100万円の婚礼セット、お嬢様へのお祝いを兼ねまして70万円でいかがでしょう!」

会場までの送迎やお土産付きです。 購入する顧客は、そこまでしてくれたと大満足です。

イベント経費として10万を使ったとしても60万円で売れたことになります。

もともと原価は20万円くらいですから利益率66%になります。 凄いですね。

同じような商品を正札販売している会社ですと、最初の売価はたぶん40万円くらいでしょう。

値引きせずに売って利益率50%です。

|接客でも使われるアンカーリング効果

トルコランプのように値引き交渉があることを前提とした「ベラボーな売価設定」はさておき、

顧客が違和感なく商品の売価設定を受け入れたとしたら、このアンカーリング効果は接客にも使われます。

最初に、よりデザイン性が高い商品やより質の高い商品であるとか、より機能が優れた商品を勧めることです。

それによって顧客は、最初に見せられた商品にアンカーリングされ、すべての基準がそこからスタートします。

しかし、一方で最終的に重要な「自分が払ってもいいお金」という制限も付いてまわるわけです。

顧客は、いいものを見せられてテンションは上がっていますから、上の段階のプライスに引きずられています。

5万円の予算で買い物をしにきた顧客が、いきなり20万円の商品を買ってしまう、ということはよくあることです。

5万円で想定された満足度から、視点を変えた20万円の満足度へシフトさせた結果がそれをもたらすのです。

つまり、顧客の購入動機が別次元の考え方になったということです。

ただ必要に迫られての購入動機から、「居心地のいい空間を作る」「長く愛せる買い物にしたい」「ひと味違うセンスを醸し出したい」などいくつかの付加価値を動機に加えるだけで、顧客はまったく別の次元で購入を捉え決断します。

ここに接客の妙があるのですが、その入り口は、なんといってもアンカーリング効果を利用するところから始まるのですね。

ちなみに、顧客が低い価格の要望から入った場合、そのままその価格帯の商品を紹介するだけではのうがありません。 高い価格帯の商品へシフトさせるためには、興味や関心があるか、その気持ちが少しはあるかを見極める必要がありますので、会話の中から探るというステップを踏むことになります。 これについては、また次の機会にします。

~ まとめ ~
ビジネスの世界では当たり前

アンカーリング効果は、なにも接客など売買のときだけ使われるということではありません。

交渉事や組織での改革目標などにも大きく使われています

例えば、会社で社長からコストに関して新たな方針が出ました。

「各部経費をカットしてほしい。 従来の5%目標ではなく50%を目標にします!」と。

「おいおい、そんな無茶な!」とそのとき誰もが思うでしょうが、

経営再建のためには、それまで会社に蔓延していた「古い錆びついた考え方(アンカー)」を、崩す意味があります。

アンカーを一気に「50%」と引き上げたわけですから、今まで通りの5%ではだめです。

最低でも20%30%と一桁目標数値が上がり、取り組み方のステージが一気に上昇してしまいます。

その時点から、頭は5%から50%への基準へと切り替えられてますから、それを受ける従業員もアンカーリング効果だと言わずに順応する必要があるのですね。

特にお金や数値に関しては、このアンカーリングという最初の設定が重要な意味を持っているということを理解しておきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。